①コロナ禍「花火のない夏」

予期せぬコロナ禍により、日本中の夜空から花火が姿を消した。江戸時代から脈々と花火製造の伝統をつないできた一大産地・新潟も例外ではない。なかでも最も古い歴史をもつ「花火のふるさと」片貝にも「花火のない夏」が訪れた。
“欠くことのできない生活の一部”として花火を愛する片貝の住民は落胆し、花火製造・打ち揚げを一手に担う地元の煙火店「片貝煙火工業」は存亡の危機に瀕していた。なす術のない人々は天を仰ぎ、「花火の聖地」と称されるまちの鎮守・浅原神社に毎日のように祈りを捧げることしかできなかった。

②花火を愛する人々の祈り

毎年盛大に花火が打ち揚り、このまちで一番大きなお祭り「片貝まつり」もあえなく中止に追い込まれた。まちのお年寄りたちは沈黙し、子どもたちは泣いた。いつもと違うコロナ禍の祭日は、幸か不幸か一日中激しい雷雨に見舞われた。しかし、雷雨のさなかも、浅原神社の鳥居をくぐる人の列は途切れなかった。さすがは熱狂的な花火文化を現代に伝えてきた花火の聖地。人々はコロナ禍の終焉を願い、ふたたび花火が夜空を彩る日が訪れますように、と心を込めて祈ったのだった。

③祭日の夜の落雷と不思議な夢

その祈りが天に届いたのだろうか。花火のない静かな祭日の夜深く、人々が寝静まった頃、ひとつ大きな音がして、何事もなかったかのように雷雨は終わった。翌朝、神社を取り囲む大杉の一本が、雷に打たれたように黒く焼け焦げているのが見つかる。大木の中は空洞にくり抜かれ、ちょうど神社に奉納されている四尺玉や三尺玉の花火筒のようにも思われた。偶然その瞬間を見た古老が言うには、落雷の瞬間、境内が昼のように明るくなったという。美しい火花が四方八方に散り、その光景は花火のように美しかった、とも語った。その日を境に、片貝の花火師たちは不思議な夢を見るようになる。毎晩のように夢の中で美しい女性が現れ、話しかけてくるというのだ。「神社に奉納された昔の花火番付を探してください。私たちはそこにいます」。その印象はたおやかで、言葉遣いもどこか懐かしさを覚えるものだった。

④花火番付と花火師の家系に伝わる言い伝え

花火師の1人がこの不思議な夢の話を打ち明けると、実は俺も、私も、僕も、と6人の花火師が口々にその美しい女性のことを語り出し、みな同じ夢を見ていることが分かった。この出来事に何かを直感した花火師の親方は、さっそく6人の花火師を連れて浅原神社を訪ねた。
神妙な面持ちの花火師たちを前に、事情を察した神主は快く江戸時代から奉納が続く花火番付を手渡した。「ここには、写真も映像もない時代の花火の名前、玉名が記されている。どれも大変美しい花火だったと聞くよ」。色褪せた古い花火番付をめくると、いくつかの玉名がじんわりと光り輝いている。これは、と感じた親方は花火師の家系に代々伝わる、ある言い伝えを打ち明ける。「むかし、花火師だった祖父から聞いた話だが…」片貝では、花火文化に危機が訪れるたび、花火工場の薄暗い保管庫の中でほのかに光る花火玉があるという。その時、花火師はその花火玉がどんな性格で、どう花開くか、まるで花火の方から語りかけてくるかのように、一瞬で分かるというのだ。

⑤歴代の花火の精霊「花火むすめ」が姿を現す

コロナ禍という危機のなか、まさに今、その時がふたたび来たのだろう。⾧らく厳重に締め切っていた花火工場の保管庫に走る花火師たち。その薄暗闇の中で夢に出て来た女性は待っていた。色とりどりに光を発する花火玉。それはまさしく、花火を心待ちにする人々の祈りが天に届き、花火の精霊たちが現代に姿を表したのだった。花火の精霊が宿った花火玉は6つ。いずれも歴代の片貝花火を代表する「看板娘」と言える美しい大玉の花火だった。想いの込められた花火玉に宿るこの花火の精霊たちこそ、戦災や恐慌、震災など、これまで窮地に追い込まれるたびにこの地に現れ、花火師を鼓舞し、花火文化を救いとめてきた伝説の存在だった。

⑥そして新たな伝説へ

コロナ禍という現代の危機を乗り越えるべく、ふたたび姿を現した歴代の花火の精霊「花火むすめ」。ふたたび新潟の夜空を花火で彩るため、花火師たちとの奮闘がはじまる!